「パワハラ」退職者申し立てによるあっせんの対応




 労働局から突然分厚い書類が届いたら、みなさんとても驚くと思います。残業代や賞与の不払い等、社員が不満を持って退職した場合、もしかしたら御社にも、労働局から分厚い書類が届くことがあるかもしれません。 


ある日、ある会社役員より、「東京労働局から分厚い封書が届いた」という連絡がありました。早速全書類をPDFで送ってもらったところ、退職者申し立てによるあっせん開始通知書類でした。
実は、中途入社をした社員がなかなか職場になじめず、職場の和が乱れてしまっている状況があり、当人を含め、関係社員とヒアリングをし、本人と協議をし、納得をしていただいた上で、合意退職していただいた経緯がありました。


私は社会保険労務士という公平な立場で仲立ちをし、退職者に有利な条件で合意退職をすることとなったのですが、あっせん開始の通知書を見て、「裏切られた!」とショックを受け真っ青になりました。というのも、長い期間、電話や直接会って相談対応をし、退職者の希望を会社に飲ませたうえで合意退職していたからです。


ただ、書類を読み進めていくと、退職勧奨ではなく、なんと上司や同僚からのパワハラの訴えでした。仕事の意識が高い組織では厳しい指導が行われますが、それを、上司のパワハラや同僚のいじめがあったという理由でのあっせんの申し立てでした。


ちなみに、雇用関係・均等局では、以下の全てを満たすものを職場のパワーハラスメントとして整理しています。

1.優位的な関係に基づいて行われること
2.業務の適正な範囲を超えて行われること
3.身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること



今回のケースでは、全てが業務に関わる叱責であり、暴行、傷害などの生命や身体に危害を加える行為もなかったことから、申立人の主張には根拠がないと思われましたが、弁護士と共に東京紛争調整委員会でのあっせんに臨みました。(弁護士に加え、社会保険労務士もあっせんの対応ができるのですが、その為には特定社会保険労務士の試験を受け、付記される必要があります。私はまだその試験を受けていませんでした。)


当初から争うつもりはなく、ある程度妥協する方針であっせんに臨み、妥当な金額で、無事解決に至りました。その場でこちらが準備した和解合意書にサインをいただき、トラブルから解放されました。



 

 なお、判例において違法なパワーハラスメントとして評価される行為は、「パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機、目的、時間、場所、態様等を総合考慮の上、企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して職務上の地位、権限を逸脱、乱用し、社会通念に照らして客観的な見地から見て、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形、無形の圧力を加える行為」(東京地方裁判所平成24年3月9日判決)とされています。


また、「社会通念に照らして客観的な見地から見て、通常人が許容し得る範囲を著しく超える行為」としては、「暴行、傷害などの生命や身体に危害を加える行為、または業務との関連性のない脅迫、名誉棄損、侮辱などの人格への攻撃、更に隔離、無視等の人間関係からの切り離しが典型例とされる」とされています。



 今回は、全てが業務に関わる指導であり、パワーハラスメントの事実は存在しない。よって、申立人の主張には根拠がなく、慰謝料や医療費の支払い義務はないことを主張しましたが、このままトラブルが継続することはデメリットであり、妥当な金額で和解しました。


 実務上のポイントは、以下2点です。
①和解後は、以下の内容を含んだ和解合意書を取り交わしましょう。このことで、以後のトラブルを回避することができます。

・和解が成立した事実、内容等について、第三者に開示しないこと
・本件以外の債権債務は無いこと


②今回のケースでは、上司との退職勧奨時の話し合いや、事前に私と面談した内容が、ボイスレコーダーで記録され、その全てが文書として書き起こされたものが、あっせん開始通知書に添付されて送られてきました。幸いにも、私は中立なスタンスで対応をし続けていたことで、不備を指摘されることはありませんでしたが、退職勧奨等、トラブルが予想される面談等の際は、録音されているかもしれないことを念頭において対応をしていきましょう。


(参考)和解合意書